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Hiroaki Tagawa's biography

 3才、音楽に興味をもつ。
ピアノや空き箱、輪ゴムなどで音を楽しみ始める。

 5歳、先天性の視力ハンディキャップを持つため盲学校に入学。
同時期、ピアノレッスンに通い始める。

 10歳、ギターに興味を持ち、フォーク・ギターを弾き始める。
一般的なギターの弾き方を視覚で知る事が出来なかったため、先入観無く、床の上に置いたギターをピアノや琴のような感覚で押さえる。
同時に、ROCKなバンドや多重録音に興味を持つ。

 13歳、エレクトリックギターを手にする。
床の上に置いて弾いていたスタイルを、立って弾くことを考え、ネックを上から持つ独特のプレイ・スタイルを確立。

 14歳、バンド活動を始める。
文化放送で、ドクター・シーゲル 成毛滋さんが・パーソナリティを勤めた番組「Purple Express」に出会い、ギターの奏法や音楽情報など、様々な影響を受ける。

 16歳以降、在学のバンドで校外でのコンサートに多数出演。
コンテストで賞を獲得。
地元のメディアなどで紹介される。

 21歳(1993)、盲学校を卒業し、本格的に音楽活動を始める。
コンサートや、各イベントでの演奏が中心。
ここで、CMソングのボーカルや様々な音楽活動で山口県内を一世風靡させた歌姫、中村八千代と出会う。

 22歳(1994)、「TYS テレビ山口」製作の30分ドキュメントを通じて、成毛滋さんと出会う。
同年、中村八千代と「COLORS」を結成。
以後、各種イベントでのコンサートをこなし、人気を集める。

 23歳(1995)、「Be Magicレーベル」より全国発売されたオムニバス・ギター・アルバム「Voo Doo Doll」に参加。
同アルバムのプロモーションでギター雑誌数誌にインタビュー記事が掲載される。
当時、東京で開催された楽器フェアに出演し、ロブ・ジョンソンとのジャム・セッションを披露。
一方、COLORSとしてもコンサート活動を広め、「COLORS」、「田川ヒロアキ」、「サポート・ギタリスト」として、年間40本以上のコンサートを行う。

 24歳(1996)、COLORS初のオリジナル・アルバム、「未来へのハーモニー」をリリース。
この作品では、全てのサウンドプロデュース・作曲やアレンジ・演奏を担当。
中村八千代の企画により、CDリリース記念コンサートを大ホールで行う。

 25歳以降(1997)、作曲・編曲・レコーディングの受注を始める。
地元ミュージシャンのCD製作、CMやイベントのイメージ・ソングの製作を手懸ける。
24時間テレビ」など、多数のイベントでの演奏も継続。

 29歳(2000)、「BURRN!コーポレーション酒井康さん司会の全国30局ネットの音楽ラジオ番組、「Heavy Metal Syndicate(ヘビーメタル・シンジケート)」の中で、番組への葉書の宛先を曲にした30秒の作品が紹介される。
以降、メール・アドレスの曲も追加し、毎週オン・エアされる。

 34歳(2005)、「LOUDNESS」、「X.Y.Z.→A」のヴォーカリスト、二井原実さんと、インターネットを通じて出会う。
二井原実さんのソロアルバムに全面参加することが決定し、同年秋からレコーディングを開始。
ここでは、ギター、キーボード、共同作曲、全曲アレンジを担当。
本作では、ドラマーにヴィニー・アピス(ディオ、ブラック・サバス)、ベーシストにジェフ・ピルソン(ドッケン)、サウンド・エンジニアにウェイン・デイビス(ドッケン、ジョン・ノーラム、グレイト・ホワイト)がサポートしている。
翌年(2006年2月22二地)、徳間ジャパン・コミュニケーションズより「Ashes To Glory」がリリースされる。
このアルバム参加をきっかけに、新聞、雑誌、テレビ、ラジオで紹介される。
特性
血液型: とってもシンプルなAB型。(?)
好きな食べ物: バナナ以外。
けっしてリーダー格というよりは人について行くといったタイプ。
他のギタリストさんに比べ、ギターの専門的な事には疎い。
基本的に、前向きで他人を見る・考える事の出来る人を好む。
フェイバリットミュージシャン&影響を受けてきたグループ
Jason Becker, Paul Gilbert, Michael Landau, Dimebag Darrell,
尾崎亜美, デーモン小暮, 浜田麻里,
Helloween, Gamma Ray, Van Halen, JudasPriest,
Iron Maiden, GODIEGO, The Alfee



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