ギタリスト田川ヒロアキのブログ。ロックギター人生爆走中!
私の学生時代のバンドは、母校である盲学校の倶楽部活動の一環で、放課後に体育館ステージを借りての練習でした。
しかし、音も大きいため、他倶楽部や地域住民との共存などの問題でトラブルは尽きませんでしたが、思い返すと、楽しい甘酸っぱい中高生バンド活動でした。
当時は、和洋80年代のハードロック中心に練習をしていました。
そこで、文化祭が披露の場だったのを、「校外でもやるべきだ!」と積極的に地域へPRしてブッキングをして下さった顧問の先生が居ました。
野外で開催されていたアマチュアバンドの「クスの森」というイベント、
福祉関連の行事、他校の学園祭、
海外の参加者を交えたライオンズクラブのイベント、
ついには、FM山口やヤマハのコンテストへ。
KRYやtys、新聞などの地元のメディアにも取り上げてもらえることが増えてきました。
しかし、学校という組織であること、ましてや、盲学校(当時の名称)という特性である中で、ブラスバンドなどではなく、音の大きなロックバンドであったことは、周囲の意見は様々だったと思います。
先生は演奏が専門ではなかったけれど、バンドに打ち込む私達を尊重し、「とにかく外へ出すべきだ」と、時には学校と闘っていたほどの強い味方でした。
今思えば、顧問を超えた、私の学生時代のマネージャー、プロデューサーだったと思います。
成績の悪い不良学生だった私を、役柄や立場を超えて全力で守ってくれてました。
今日は、そんな先生の63歳のバースデー。
先生、お誕生日おめでとうございます。
私は今日も東京で頑張っています。
また郷里でのライブの時にお会いできるのを楽しみにしています。