No.2903の日記

さよなら 下関の家

いちばん住み慣れていた実家を、両親が手放すことになりました。

私が生まれて幼少期は、海沿いの小さな家に住んでいました。
中学生の頃、そこを叔父叔母夫婦に譲り、団地へ引っ越をして、
以来、東京へ行くまでの23年間そこに住んでいました。
上京後も、実家として美瑞穂と度々帰省をしていました。

近年、叔父叔母が他界したことで、海沿いの家をセカンドハウスの農園として楽しんでいた両親。
しかし、両親自身が将来を考えて、今までの私の実家となっていた団地の家を手放して、海沿いのセカンドハウスの古巣へ引っ越しをしました。
決断は相当悩んだようで、私も心を痛めるほどの思いをしました。

家が建ってからの事をずっと思い出しています。
そんな思い出話と私の心境を書きました。

さら地に建つ新築にワクワクした中学生。
家の骨組みが完成して、地鎮祭を済ませ、棟上げで近所の人が集まってくれた餅撒き。
新築の匂いの中、まっさらな家に次々運び入れる家財たち。
私の勉強&音楽部屋に運ばれるピアノ。

キッチンで母の手料理を囲みながらの賑やかな家族団欒。
毎日夢中になった音楽鑑賞、ピアノ、ギター、曲作り、多重録音。

近所の先輩に連れられながらの初めてのバス登校で一人で歩けるように。
学校から帰ると、ピアノや家具の位置をがらりと模様替えして待っていた母のサプライズ。

爆笑の深夜ラジオを聞きながらの試験勉強。
そこに飛び込んできたギターの生音番組に興奮した成毛滋さんの「パープルエクスプレス」。

父と中古のスピーカーを集めて、部屋中を配線してくれたオーディオ環境。
気になる子なんか出来た甘酸っぱい高校生。

バンド仲間を招いてのお泊り、コンテストでの受賞、メディア出演。
進路に悩んで音楽を選んで学校を卒業。

右も左も分からないままライブ活動を開始。
たくさん作って闇雲に配布、多方面へ応募したデモテープ。
連日、テレビのドキュメント番組の取材を受けた20代前半。

頑張って買い集めたレコーディング機材たち。
作曲やCMソングの仕事を開始して、打合せ、歌収録などで訪れてくれる方々。
音楽活動や人間関係で喜怒哀楽な思いをしながら弾いたギターとピアノ。

御中(笑)のアドレスソング』の収録をした28歳。
パソコンと音声読み上げソフトを導入して開設したこのホームページ。

30代前半、このHPへ訪れて出会った二井原さん、決定したレコーディング。
この事で部屋中飛び上がった喜び、母の涙、それにつられる父。
周囲からの多数の祝福、取材の連続。その記者として出会った美瑞穂。

二人で東京へ出発。
その後も、度々の帰省で温かく迎えてくれる両親。

実は、先日のお正月は、ここへの最後の帰省となりました。
家が建ってから31年の思い出をしっかり振り返って、家じゅうにお礼と別れを告げてきました。

最後に回っていると、家じゅうに両親が色々施している便利な箇所や生活の装飾ポイントがたくさん詰まっていたのを改めて感じました。
父の日曜細工で装備された棚、フック、竿、
クローゼットを開けると点灯する照明、
全て手作りしたガーデニング・・・。
あちこちに飾り付けしてある母の作品たち。
ものが無かった時代に生まれたからこその知恵を駆使していたのを今更ながら実感しました。
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そして、2階へ上がり、いちばん長く過ごした私の音楽部屋でピアノを弾いたり荷物整理をしながら、ゆっくり、ゆっくりと色んな思いに耽っていました。
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子供から大人、ミュージシャンとなった成長過程をずっと守ってくれた部屋。
たくさんの音楽を聴いて、作って、色んな人たちが訪れたな〜。
東と南に窓があるので、朝日を浴びながらコーヒーを飲んで曲作りをするのが好きでした。

最終夜はここで就寝。
最後の最後に、結婚した事をこの部屋へ報告出来ました。
東京に居るだけに、タイミングが合わなくてそう出来なかったら一生後悔したと思うので、本当に良かった。
一緒に思いを馳せてくれた美瑞穂に感謝。

そんな思いをいっぱい心の箱にしまって、お正月明けの朝、家を後にしました。
母が玄関の鍵を閉めた瞬間、なんとも言えない心境に。
駅まで送ってもらい、お弁当を手に新幹線で東京へ。
車中、もう会えない家を思って涙ぐんでしまっていたら何も言わずに手を握る美瑞穂。
さよなら、私の部屋と家、31年ありがとう。
そんな環境を作ってくれていた両親に改めて心の中で感謝しました。

この記事は、1月4日に書いたんですが、これまでの1か月の間、精神的にも不安定な日々を過ごしてました。
でも、母たちが新生活を明るく過ごしているのを聞いて、
安心したのか(笑)、ようやくこうしてアップ出来る気持ちになりました。

また、先月まで、両親は、次に入る住人さんが快適にすぐ暮らせるようにと頑張っていました。
大事に使ってくれそうな良いご夫婦のようで、今頃は、その新入居者さんの暮らしが始まっている頃でしょう。

そして、父と母は、海沿いの家、古巣での新生活がスタート。
引っ越し作業も大変だったようですが。

両親が結婚したのが、なんと50年前の今月。家も50歳。
その家に、また戻ってくるなんて、人生、分からないものです。

しばらく空き家で古くなっていたので、業者さんに修理や交換、リホームをお願いしたようです。
両親の事なので、また快適な生活をいっぱい工夫して楽しく送るでしょう。
その件では、縁あって、よさこいの馬関奇兵隊の総督、濱崎さんにたくさんお世話になっているそうです。
新生活の環境作りをして下さっている濱崎さんにも大感謝!!

これからの帰省は、私が中学まで過ごした海沿いの家になります。
ピアノも連れてってくれました。
処分の話も出ましたが、私に光を灯すべく買ってくれたピアノは生涯手放せられません。(笑)
中学の頃以来、ここで弾けるピアノがとても楽しみです。
私がうっすら記憶にあるぐらい景色も良いし、また『Seascape』のような曲が出来そう。